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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)93号 判決 1967年8月16日

原告 国保辰子

右訴訟代理人弁護士 萩秀雄

被告 徳川圀禎

右訴訟代理人弁護士 斉藤龍太郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金八〇万円および之に対する昭和四一年一月二二日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めその請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告は東京都渋谷区八幡通二丁目二五番地に本店を有する訴外アジア建設興業株式会社(以下訴外会社という)の代表取締役である。

二、訴外江原茂樹は右訴外会社の社員であるが、同人は原告に対し訴外会社が当時なんら返済の意思および能力もなく、またその代表取締役たる被告個人も支払う意思など毛頭ないのにもかかわらずこれあるかの如く装い、「訴外会社は被告を代表者とする素性のよい会社であり、また請負代金も間もなく入るからそれまでの運転資金として貸して欲しい。社長たる被告個人も皇族と関係のある人であり、責任を以って支払うと云っているから」と虚構の事実を申し向け、原告をして真実訴外会社又は被告より弁済を受けられるものと誤信させ、昭和三九年八月二九日金五〇万円、同年一〇月三〇日金一〇万円、同年一一月五日金二〇万円、合計金八〇万円をそれぞれ消費貸借名下に原告より交付を受けて騙取し、原告は同額の損害を蒙ったものである。

三、被告は訴外会社の代表取締役として、訴外会社に代ってその事業を監督する者であるから訴外江原の前記不法行為に基く原告の損害についても民法第七一五条第二項によって損害賠償の義務がある。

四、仮に訴外会社が存在せずしかも被告がその代表取締役ではないとするならば、被告は登記簿上存在する同会社の社名を他人に使用させたり、代表者印を他に貸与すべきではなく、もし貸与するにしてもその相手を選択し、その相手がこれらを使用するについて監督方法を講ずる等、貸与を受けた者がこれらを悪用して第三者に対し不測の損害を蒙らせることのない様にする法律上の義務あるに拘らず之を怠り、訴外江原に対し慢然と代表者印を貸与し、且つ同人に対し右会社名および被告名義の代表者名を利用して事業を行うことを許諾した。右江原は被告から右印鑑の貸与を受け、かつ、右のとおりの許諾を受けるや、あたかも訴外会社は現に被告を代表取締役とする優良な会社であるかの如く振舞い右印鑑を使用し、原告に対し前記不法行為をなしたのであって被告が右行為をしなければ原告に本件損害は生じなかった筈である。

以上のとおりであるから、被告が前記注意義務を怠り、訴外江原に対し訴外会社の会社名の使用を許諾し、かつその代表者印を貸与した行為自体が不法行為にあたるものであり、原告は被告の右不法行為により第二項記載どおりの損害を蒙った。

五、仮に、右が不法行為にあたらないとしても、被告は商法第二三条の規定の類推適用により、訴外江原の前記行為により生じた債務につき弁済の責を負わなければならない。

なぜならば、「アジア建設興業株式会社代表取締役徳川圀禎」なる名称は訴外会社が存在しない以上商法二三条にいう被告個人の氏、商号というべきであり、且つ原告は被告が営業主であると誤信して前記のとおり金員を貸与したのである。被告は訴外江原に対し訴外会社の会社名及び代表者である被告名の使用を許諾したのであるから厳密には営業主は訴外会社であるかも知れないが、訴外会社は存在せず原告も被告の代表する会社であると云うことから本件取引を行なったのであるからかような場合同条を類推適用し被告個人に対しても弁済の責を負わすべきである。

六、よって原告は被告に対し金八〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四一年一月二二日より完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払いを求める。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として、

原告主張の請求原因第一項中訴外会社が、登記簿上存在し、かつ、被告が登記簿上の代表取締役であることは認める。但し右会社は後記のとおり既に実体のないものである。同第二項中訴外江原が訴外会社の社員であることは否認する、その余の事実は知らない、また、訴外江原の行為は訴外会社の事業の執行につき行われたものではない。同第三項は争う、同第四、五項中、訴外江原に訴外会社の代表者印を貸与したことは認める。但し、被告は訴外会社の退任代表取締役として、かつ、被告の代表取締役の登記を抹消するために貸与したものである。被告が、訴外江原に対し訴外会社の会社名、被告名義の代表者名を利用して事業を行うことを許諾したとの点は否認する。その余は争う、被告の右行為を原告主張の損害との間には相当因果関係がない。

と述べ、

抗弁として、

一、被告は登記簿上訴外会社の代表取締となっているけれども、訴外会社に代って事業を監督する者ではない。すなわち、訴外会社は昭和三二年頃事実上解散し、爾来事務所もなく、一名の従業員も存しない、従って仮に訴外会社が存在し、被告がその代表取締役であるとしても、被告は客観的に観察して実際上現実に使用者に代って事業を監督する地位にあったとは言い難く、民法第七一五条第二項の代理監督者に該当しない。

二、仮に訴外江原の行為が不法行為であり、被告に代理監督者としての責任があるとすれば被告は次の理由により過失相殺を主張する。即ち、原告が訴外会社は被告を代表者とする素性の良い会社であることを信じて、江原に金員を交付したものであるとしても、原告提出にかかる営業経歴書(≪証拠表示省略・以下同≫)により、被告は訴外会社の代表者でないことは明らかであり、また訴外会社の登記簿謄本によっても被告が退任取締役であり、訴外会社は十数年にわたり役員の変更登記がなく、営業経歴書によれば取締役社長綱島桂三、取締役副社長訴外江原となっているが登記簿謄本では両人が役員でないことは一目瞭然であるのに、原告は被告に一回も面接しようともせず、勝手に前記のように思い込んで金員を交付したのであるから、これは原告の重大な過失と云うべく、この過失は損害賠償の額を定めるにつき斟酌さるべきである。

と述べた。

原告訴訟代理人は抗弁に対する答弁として

訴外会社が昭和三二年頃事実上解散したとの点は否認する、原告が当時被告に面会しなかったことは認めるが、訴外江原は被告の印鑑を所持し、且つ事業も主宰していたのであって、支払能力ありと誤信するについて何等過失はない。また訴外会社の登記簿謄本によっては被告が退任取締役であることは何等明らかではない。

と述べた。

証拠 ≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によると、訴外会社は昭和二六年一二月一四日一般土木建築設計施行、請負業務などを目的として設立され、被告がその代表取締役に就任したが昭和三十一、二年頃休業状態となり、所轄税務署にも休業届を提出したこと。しかし登記簿上は解散等の正規の手続をしなかったのでその後も被告を代表取締役とする訴外会社の登記が存したところ、昭和三八年八月頃、訴外江原茂樹、同村上泰正が被告に対し建設工事を始めたいので訴外会社の登記を利用させて欲しい旨申し入れ、被告はこれを承諾して被告の代表取締役の登記を抹消し、訴外江原または村上が代表取締役の登記を了し、訴外会社を同人等経営の会社として利用し得るようにするため被告が保管していた「アジア建設興業株式会社代表取締役之印」と刻した丸い印鑑を同人らに貸与したこと、その際被告は、被告の代表取締役登記の抹消登記をすべきことを特に念を押していたのであるが、訴外江原はこれをしないばかりかかえって訴外会社が被告を代表取締役として現実に業務を継続してやっているようにみせかけてかねて知り合いであった原告のアパート建築を請負い、その際自分は被告から請負契約の一切を任されていると云って代表取締役被告名義で契約を締結し、更には訴外会社が素性のよい会社であるとみせかけるためほしいままに内容虚偽の営業経歴書を作成してこれを原告に示し、「自分は訴外会社の社員であり被告から一切を委されている」「副社長に就任することになっている」、「訴外会社は被告が社長であり、被告の強力な援助がある」などと告げて、原告から、原告主張の頃、原告主張の各金員を騙取したこと、またその際、ほしいままに「アジア建設興業株式会社代表取締役徳川圀禎」名義を冒用して、借用証書、約束手形四通を作成し、これを原告に交付したこと、

以上の事実を認定することができる。≪証拠判断省略≫他に右認定に反する証拠はない。

二、まず、被告に民法第七一五条第二項の責任があるかどうかを考えるに、仮に訴外江原の前記行為が不法行為に該当し、かつ訴外会社の事業の執行につきなされたものであるとしても、被告は登記簿上訴外会社の代表取締役ではあっても、現に訴外会社の被用者を監督する者ではなく、また訴外江原は、自ら建設事業を営むにあたり、会社の設立手続をしないで、訴外会社の登記を利用していたに止まり被告を代表取締役とする訴外会社の被用者ということはできないこと前記認定のとおりであるから、被告に代理監督者としての責任を求める原告の請求は失当である。

三、次に、原告は、被告が訴外江原に対して訴外会社の会社名の使用を許諾し、かつ、その代表取締役印を貸与したことをもって被告の不法行為であると主張するけれども、被告が訴外江原に対して訴外会社の代表取締役印を貸与した趣旨は前記認定のとおりであって、世上にいわゆる会社の譲渡をしたに過ぎず、もとよりそれ自体原告の権利を侵害する行為ではない。また前記認定の事実関係のもとでは被告の該行為と原告主張の損害との間には相当因果関係も認められない。

よって、原告の右主張は採用しがたい。

四、商法第二三条の類推適用による被告の責任の有無について考えるに、原告が右類推適用の根拠として主張する「被告は訴外江原に対し、訴外会社の会社名及び代表者である被告名の使用を許諾した」との事実中「代表者である被告名の使用」を許諾した事実は、これを認めるに足りる証拠がない(その然らざること前記認定のとおりである)。従って、仮に原告主張の事実関係のもとで商法第二三条の類推適用があると解し得たとしても本件においてはこれを適用する余地はなく、これを前提とする原告の請求は失当である。

五、よって原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 篠清)

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